土葬が復活すれば”無縁社会”はなくなる?

ある人の記事を読んでいたところ、今年の1月の朝日新聞に、山折哲雄さん(岩手花巻出身・宗教学者)が”土葬の復活” というコラムを書いていたのを見つけました。今頃になってですが・・・

山折さんは葬儀のあり方について

「他界や霊魂の観念は希薄になり、死者を”送ること”から死者と”別れる”儀式に変質した」

「自宅や病院から遺体を直接火葬場に送って火葬する『直葬』が増えてきた。

これは限りなく『死体処理』に近い」と書いています。

火葬が一般化したのはこの30~40年の間。

昔、葬儀と言えば、自宅から寺や墓地まで葬列をつくり、歩いて送る野辺送りが一般的でした。

ところが、火葬の普及と葬祭業者の参入で、送ることから別れることへ重点が移動してきたといいます。

それが死を人々からどんどん遠ざけ、人とのつながりの希薄さを生む無縁社会をつくっているのだと・・。

死んだらどうなるか、死は怖いもの、死を遠ざけることで死を軽視することにつながっているのは確かです。

だからさっさと直葬(病院からまっすぐ火葬して終わり)にしてしまう。死体処理に限りなく近いという表現もうなずけます。

ただ、”別れる”ことは間違いではないのですが、終わり・区切りのような意味あいが強調されています。

生は死の延長上、死は生の延長上であるということ。

つまり生と死はつながっている(一体)というニュアンスが欠落しているのが”別れ”という表現に含まれています。

また、今回の震災で、火葬ができないご遺体を土葬することに、かなりの抵抗がありました。

(沿岸部のある地域では、日数がかかっても火葬にしてほしいとの遺族側の希望で、埋葬のために掘った場所が結局使用されなかった)

一時的とはいえ、埋葬は”冷たくてかわいそう”という心情によるものです。

これはすっかり火葬が日本人の風習に定着したことを意味し、今後土葬には戻らないのではないでしょうか?

ご遺体を直接土葬にするのは抵抗があるのでであれば、火葬した”遺骨”をそのまま埋葬(直接土葬する=樹木葬)するのは、土に還るという観念からすれば、まだそれほど抵抗感は少ないと思います。

(死んだら自然に変える、草葉の陰から、という思想は本来の日本人特有のもの)

そして、戦後から普及しだした何々家先祖代々という現在の墓は、カロートと呼ぶ基礎部分に複数体納骨できますが、このコンクリ―とのカロートではいつまでも土には還りません。また、その家が永続することが墓の存続の条件です。

長男は都会へ出て家庭を築き、田舎には戻ってはこない。イエが続かなければ、地方の先祖代々の田畑も荒れ、屋敷も朽ち、墓も無縁墓になってしまいます。

このような状況で注目を浴びているのが、樹木葬や桜葬などの直接土に還る葬法です。

とはいえ、死を想うことや、死を単なる別れ、区切りにするのでなく、あの世から迎えが来て、こちらは送り出すというストーリーを作ることで、死者も生者も穏やかになれるのではないでしょうか。

土葬によって、生と死のつながり、別れではなく送ることという意味合いが鮮明になってくるのは確かなことです。

ご遺体(なきがら)の土葬は昔に戻らないかもしれませんが、遺骨の土葬(土に直接埋骨)は可能性があります。

 

このような遺骨の土葬の方法が、無縁社会を有縁(絆)社会に変えていく一助になっていくかもしれません。

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雑記・後記

キリスト教やイスラムは土葬です。一人一墓ですから土地が問題。(世界人口の激増で将来大変なことに)最近は火葬も増えているとか・・

イギリスでは森林葬という土葬したところに、木を植え墓地を森林に変えていく葬法もあったり、また、ご遺体をフリーズドライのようにする技術もあるようです。

確かに火葬は、石油を大量に消費するので、資源と環境に問題が出てきます。

 

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