桜と命とフォークコンサート–その2–

女川で出会った末永さんは大のフォーク好き。

”気まぐれ天使”というネームで、仙台のフォークジャンボリーに参加しているほどです。

南こうせつさんのお兄さん(大分の歌う住職)の縁で女川で出会ってから、電話をいただいたり、サンマを送ってもらったりの間になりました。

昨年12月、以前から考えていた桜のコンサートが末永さんのフォーク仲間でできないか、思い切って電話してみました。

末永さん「それだったら、北京ダックさんに話してみたら。うーんサニーさんもいいかもしれない」・・・

ダックさん?サニーさん?

フォークの仲間を皆ニックネームで呼び合っているのです。(本名は存じないとのこと)

12月仙台に、これまた思い切ってダックさん、サニーさんに会って話を聞いてもらえないか連絡したところ、お二人OKとのこと。

サニーさんは仙台のフォーク酒場”唄屋”のマスター。

「桜の唄でフォーク!?いいんじゃないですか。僕たちは協力しますよ!」

場所もダックさんの計らいで仙台西公園桜協賛会事務局に話をつなげていただき、4月22日(日)公園を借りることになりました。

仙台はこの頃、ちょうど満開。満開の花の下でのレクイエムソング。

鎮魂の桜の歌で、みな花となって成仏せよ・・と祈りたい。

芭蕉は「さまざまなこと思ひ出す桜かな」と詠みました。

あんなことがあった、こんなことがあった。

芭蕉も花を見ると、あれこれ幸せだった昔を思い出し、涙が出たのでしょう。

そうです。悲しみと対峙(向き合う)ことです。

そこから、生きる希望と勇気が出てくるのです。

生きることです。活かされているのですから、生き切ることなのです。

昨年末、身近な自殺3件に接しました。

一人は見ず知らずの方でした。

偶然にでしたが、桜の植樹地を探していたある神社の境内で発見しました。

第一発見者となりました。

二人目は寺の住職。

三人目は医者の高校の友人。

皆、生きる希望や生きるチカラを失っているのです。

桜は寒苦を経て花を咲かせます。

必ず春が来る、暖かくなる。

今必要なのは、お金でも物でもない。希望ではないかと思います。


命散ラスナ、桜ノ花咲ケ コンサート・・とでも名づけましょうか。

東北の被災地の中心仙台から、大きな声で呼びかけ、

それが木魂(こだま)となって東北に跳ね返ってくることを祈りたいと思います。

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