ラグビー少年の鎮魂の桜と中学校

先週、大きな被害を受けた岩手県大槌町吉里吉里に、桜植樹の件で行ってきた。

(井上ひさしの吉里吉里物語でご存じの方も多いはず)

この縁を結んでいただいたのは、檀家さんの火葬の際に知り合った、大槌町の町会議員さん。

この方は、福祉施設、保育所、漁協関係と、幅広く経営されていて、私の桜を植えたいという気持ちをすぐに実現(紹介)してくれた人物である。

紹介されたのは、大槌町吉里吉里中学校。その日は、教育長さん、校長先生とも立ち会って頂いた。

現に桜は植樹されているが、桜のトンネルをつくりたいので、もっと多くの植樹を望んでいたと・・校長先生。

生徒達も約100名いるので、一本一本生徒と一緒に植えさせてあげたい。

将来ある子供たちに、桜で希望を持たせたい。

いつかこの町に帰ってきた時、この桜は自分たちが中学校の時、津波に負けない気持ちで植えたんだという思い出になって欲しい。

桜にこめられた先生方の想いは、次々と伝わってくる。

このような理解ある先生方の学校に植樹できることは、本当にありがたいことだ。

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校庭の一角に○○君の樹(木)という標柱のしだれ桜があった。

この中学校出身で、高校でラクビーのプレー中、事故がもとで亡くなった男子を慰霊した植樹だという。

この校長先生が名づけて、在校生の前で植樹し、男子のことをいつまでも忘れないためにという慰霊樹なのだ。

「まさにこのことです。私が今回、桜植樹の目的は、このことなんです」と、先生に訴えた。

柳田国男は枝垂れ桜を、死者をまつる場所に植える桜、とした。

確かに墓地に柳の枝を削って、塔婆として建てるということもあったようだ。

鎮魂の桜がすでにこの学校で実践されていた。

やはり、磁石のように引き寄せるものがあったのだろう。

苗木100本(日本さくらの会より)慰霊の桜はこの学校からスタートだ。

 

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