追悼の桜を世界から 鎮魂と復興の象徴として

今朝NHKのテレビを見ていたら、日本総領事がアメリカのセントラルパークに、追悼の桜を植えたというニュースが流れていた。

昨日、土埋葬の場所に桜を植えるという提案を石巻市にしたばかりなのに、アメリカからの追悼の植樹のニュースは、私にとってこの先を大きく示す標(しるべ)となるようなビッグニュースだ。

そうだ多くの方から苗木を寄付してもらい、被災地に植樹できないか?

1本○○円。苗木代の余りは義援金で被災地に贈る。

そういえば、気仙沼出身のマギー審司が気仙沼に桜の木を植樹したとか・・?

昨日は石巻、今日は気仙沼。来月、南こうせつ氏の兄(歌う住職)が来たときは、釜石までご案内するので、三か所の三陸被災地に桜植樹できないか?

そして、宮城・岩手を復興と追悼の桜ロードにならないか?などとすぐ大きなことを考えてしまうのです。

建築家・復興委員の安藤忠雄氏の提唱する鎮魂の森も、桜の丘として慰霊するという意味にとらえてもよいかもしれない。

また、政府復興会議の復興原案に”・・追悼と鎮魂を原点として・・”という一文があるように、魂を鎮めることが復興の原点だということ。

であるならば、鎮魂と復興を、桜に象徴できないだろうか。

桜は東北人そのものだ。寒い冬をじっと耐え、春一番に咲き、散りる様は無常を現す。

桜を復興のシンボル、東北のシンボルとして、多くの国内の方々や、世界からの支援を得て、被災地に植えていきたい。

そんな大きなことを考え始めた今日の一日でした。

コメントを残す