長松山 常堅寺略歴

慶長元年(1596)日秀文英大和尚の開山。古くは天台宗。

寺号は開基の門崎城主安芸守胤盛(あきのかみたねもり)公の戒名「固山常堅大居士」よりとったもの。文政2年(1819)に火災に遭い、鐘楼堂を残して焼失。

その後再建したのが現在の本堂。現住は19世

四苦八苦で108煩悩

一関市文化財 元禄の梵鐘

元禄10年(1697)4世格翁円逸の代に、伊達藩の鋳物師早井弥三郎長次によって鋳造された。

砂金を盆に山盛りにして溶かし込んだとされ、響きもよく工芸美術的価値があることから、戦時中の金属品献納運動の際に、檀家が力を合わせ供出の難から守ったとされている。

鐘楼堂の老朽化により、平成19年に立替。